一度は行ってみたかった、彦根城です。
東京から京都までの切符を買って新幹線に乗り、名古屋まで来ると次に停まる駅を アナウンスし始めた。岐阜、米原、京都に停まると言う、名古屋から隣に座った兄ちゃんに 米原から彦根は近いか聞いてみると、隣の駅だと言う、京都まで行ってから彦根に行こうと 思っていたので、切符は無駄になるかもしれないけど途中下車した。丁度12時だった。 駅前の食堂でチャンポンを頂く、旨かった。 駅から彦根城は目の前に見える、距離にして一キロほどで城に着いた。 堀を渡って場内に入る、入場料は500円だったような。 この彦根城は江戸時代に建てられたので、戦争の記録はない、数キロ北にある小谷城の ほうが浅井氏滅亡の激戦地で有名だ、姉川は城の眼下にある歴史上の聞いた事のある 地域が目白押しだ。 坂を登っていくと一度橋の下をくぐってから右側に回りこんで石垣の上の門に辿り着く、 成る程これなら攻められても守り易い。 その城門の下の大きな梁、この門が破られてもすぐ裏には石垣があってその上の城壁 から狙い撃たれる。攻める方もタイヘンダ。 お城自体はこじんまりとしていて、太平の世になった江戸時代にあっては無用の物だった らしく殆ど使われなかったらしい。 それでも江戸時代のままの城が残っているのは珍しくて、熊本、姫路、松本に彦根城 くらいでしょうか、小さいとはいえ木組みはシッカリしてます。 瓦などの重さを支えるために、跳ね木として大きな丸太が使われています。 これは城門の木組み、比べると木の大きさがまるで違います。 これは天守閣の壁、曲がった木もそれなりに使ってます。反発が強いので荷は真っすぐ な木よりもより支えます。 城下町を走る、レトロなボンネットバス雰囲気出してます。 彦根駅前にある、井伊直正の銅像、徳川四大老の一人で井伊の赤縅で有名 常に戦闘の先陣を切り、赤い鎧甲冑で身を固めた軍勢は敵の脅威でした。 徳川幕府の終焉も井伊直弼が安政の大獄、桜田門外の変で終止符を打ったようなもの 徳川と共に歩んだ井伊家、彦根の人にとっては良き殿様だったのでしょう。
by sk-aiwak
| 2009-04-11 19:27
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